日記

闘病と躁鬱 がんと生きる!

まぁまぁなことを言えば、「誰だって躁鬱病」みたいなものだ。上がって下がって、良いこともあれば、そうじゃない日もあって、誰だって泣いて笑って、日々悪戦苦闘している。

そこに「がん闘病」が加わったら?

もうその登り下りがジェットコースターだ。「がん告知」または「余命宣告」で「死」を目の前に突きつけられ、「絶望」というブースターを抱えてどん底まで急降下していく。

かといって、人はいつだって「希望」を持って生きていく生き物だ。何があっても、そこそこに這い上がって、たくましく、笑い、強く、生きていく。

だけど、ふと襲いかかる「死」が、また闇へと包み込む。

その繰り返し…。

決して大袈裟なことじゃない。

「絶望」
「希望」
「夢」
「虚無」
「愛情」

全部混ぜた「闇鍋」状態をドロドロになりながら、上がって、下がって、日々を送っていく。その日々乗る上がり下がりの波が、ちょっとビッグウェーブなのが、がんの「闘病生活」といったところだろう。

からの急降下

そして、最近は落ちることが多い(笑)。

朝、体を起こして起き上がってからの咳込みが酷くて、毎日のことに、ウンザリしてしまっている。

体を起こして、咳込み、吐いて、鼻血出して、失神して、までがワンセットのように、繰り返される日々。

5〜10分程度のことでも、心の底から大声で叫んで、拭い去りたくなる。

この陰惨な時間から朝が始まるせいで、最近は鬱な日が多い。

もちろん、この時間さえ過ぎてしまえば、僕の1日は他とはちょっとだけ違うかも知れないけれど、そんなに大差ないスタートを切ることが出来る。

薬をガブガブ飲んで、横になって、1時間もゆっくりすれば、体のダルさや重さも取れて、全然苦じゃない、快適な生活が作れる。本当に、それだけの違いだ。

だけど、目が覚めてからの、憂鬱さはドロドロで、最近は大変(笑)。これだって、きっと「闘病あるある」だろう。誰もが経験するような上がり下がりだと思う。きっと、というか、絶対に、僕だけじゃないはず。

結局のところ

みんな闇に飲まれながらも、泣きながらも、時折笑えるようになる為に、もがき、苦しみ、生きている。

あぁ、なんだか大袈裟かな?

これじゃ、読み返したら益々嫌になっちゃうかな?(笑)

要は、大切な人と笑い合いたい。

ABOUT ME
kenken
2015年11月に肺腺がんステージ4、余命1年の宣告を受ける。 只今、元気にアディショナルタイムを駆け抜け中! 呟いたりもします。 noteも始めました。